原勢二『満鉄撫順炭鉱と平頂山事件』新人物文庫2010(原題『芒なり満鉄――追憶の満鉄撫順炭鉱長久保孚』新人物往来社2000)
感想 2025年9月30日(火) 本書は満鉄撫順炭鉱次長の久保孚と著者原勢二とが、ともに金属鉱業工学の専門家という共通点から、著者が久保孚の満鉄撫順鉱山での業績と、平頂山事件の首謀者という濡れ衣を着せられて死刑にされた悲劇とに感じ、久保の追悼とともに冤罪の問題提起も込めて書かれたものと思われる。
しかしその表現方法は、歴史学的な資料の積み重ねというよりも、やや感情的な同情の色合いが濃い。その点についていくつか指摘すると、
・歴史小説風の語り口 もっともらしく聞こえるが、信憑性があるのか心配になる。また参考資料が巻末に掲げられているが、その著者名、発行所名、参照箇所が明示されていないため、記述の証拠の確認ができない。
・平頂山事件が撫順以外の日本人には知れ渡っていなかった理由
「陸軍が秘密にせよと緘口令を敷いていた風でもない。事件があまりにもおぞましいから伝わらなかったのだろう」というのだが、根拠に乏しい。それでいて「撫順の日本人は皆知っていた」とする。それなら撫順以外の日本人が知らなかったはずはないのだが。
その事情を井上久士『平頂山事件を考える』012は資料をもとに明らかにしている。陸軍の資料には「秘密にせよ」とはっきり記録に残っているのである。緘口令が敷かれていたのである。
・川上精一大尉は外出中で事件に関与せず、井上清一中尉の独断による一時的気分での犯行説
この点でも上記の井上久士は、当時の撫順で発行されていた日本人向けの新聞・雑誌資料を調べることによって、中尉独断説という風説を覆した。
・本書で日本側資料の代表として川上精一大尉の娘婿田辺敏雄の著書『追跡平頂山事件』を上げている320が、親族関係にも気をつけるべきである。これも井上久士が指摘している。
・証言には意図的であるかどうかにかかわらず、嘘や記憶違いがあるから、その意味でも資料による裏付けは重要である。また井上久士は写真も掲載し、新聞・雑誌の記事を補強している。
・久保孚は有罪か無罪か 久保孚は通訳・于慶級の1956年の供述調書044によれば、事件前の責任者会議に出席している。但しその時久保孚は川上精一大尉の全員虐殺の方針には反対した046。久保孚本人はこの会議について触れていないが。045
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