2020年2月3日月曜日

『幕僚たちの真珠湾』波多野澄雄 吉川弘文館 2013 朝日新聞社 1991 感想


『幕僚たちの真珠湾』波多野澄雄 吉川弘文館 2013 朝日新聞社 1991


感想 201838()

筆者は1991年の朝日新聞社版のあとがきの中で、防衛研修所戦史部(現・防衛研究所戦史部)で働く上司のことを評して、上下関係にうるさくなく、自由で適度な国際感覚を身につけ、精神主義に陥らず、市民的な教養に溢れ、抜群の実務能力を備えた優秀な日本の戦前の幕僚たちが、なぜ不合理な対米英戦に突き進んだのかと問う217, 218のだが、2013年の吉川弘文館による再版でのあとがき「誰もが望まなかった対米開戦」の中では、そういう優秀な日本の幕僚たちが日米戦争に突き進んだ要因を四つ挙げた後で、結論として、日本人の立派な人とは、組織に忠実な人、組織を守る人であり、その組織を守るということが、日米戦争に突き進んだ原因ではないかと言っているようだ。
その点が、アメリカ人のような反骨的な自由主義者・個人主義者とは本質的に違うようだ。アメリカの開拓者が生き残るためには、他人に頼るのではなく、自分で切り開くことしか方法がなかった。日本には既に依存できる集団・社会があり、個を捨てて集団を重視する。そしてその集団の呪縛から逃れられず、発想も固まってしまうのではないか。とはいえ、そこまで論理を飛躍させてはいけないのかもしれないが。

また筆者は、歴史家は実証的であれ、史実を通して歴史家がその意図を主張するのは間違いだ、と言いたいようだ。しかし、意図のない歴史叙述などありうるのだろうか。全くの無価値、没価値だとすれば、それこそ歴史書として人に訴えるものはなく、全く無価値ではないか。
筆者は言う。所員向けに「歴史と戦争について」という小冊子を渡された。同冊子は、「歴史の大部分は推量にすぎず、残った大部分は偏見である」という某西洋歴史家の言葉で始まり、「歴史の叙述から偏見を排除しなければならない、信頼できる資料群の中から合理的な因果律を導き出す客観的な歴史学の成果は、果たして歴史の真実であるのかと問いかけ、こうした違和感を埋めるのは文学であり、イマジネーションであろう」と述べていたという。それ受けて筆者は「資料に向かう問題意識を磨か」なければならないとか、「歴史研究に望む謙虚な姿勢」が望まれるとか言っているが、一体それは何を言いたいのだろうか。その次に筆者は「深い懐の上司に恵まれた」と言っていることからすると、なにやら戦前の幕僚たちの立場を肯定し、「意図的な」歴史叙述=戦前の日本政府を批判する歴史書を批判しているかのように見える。238

 ところで本書末尾の資料を読んで気づいたことは、弱肉強食の帝国主義時代とされる戦前であっても、第一次大戦後は、不戦条約が締結され、アメリカの対日交渉における条項の中には、武力による威圧は行わないなど、帝国主義を脱却しようとする全うなことが述べられるようになってきた時代なのかもしれない。つまり、アメリカのハル・ノート1941.11.27は、四原則を提案している。*

(1)一切の国家の領土保全及び主権の不可侵の原則
(2)他の諸国の国内問題に対する不干与の原則
(3)通商上の機会及び待遇の平等を含む平等原則
(4)紛争の防止及び平和的解決並びに平和的方法及び手続による、国際情勢改善のため、国際協力及び国際調停遵拠の原則233

*しかしこのことについて日本は、次のような依然として帝国主義的なスタンスを取ろうとしている。

(5)米国の所謂四原則については、これを日米間の正式妥結事項の中に包含せしむることは極力回避する。(帝国国策遂行要領別紙甲案232


 またハル・ノートはこんなことも提案していた。つまり、列強が中国を半植民地的に扱うことは今後やめようではないかということだ。

五、両国政府は外国租界及び居留地内及びこれに関連せる諸権益並びに1901年の義和団事件(団匪(ぴ)事件)議定書による諸権利を含む、支那にある一切の治外法権を抛棄(ほうき)すべし。
両国政府は、外国租界及び居留地における諸権利並びに1901年の義和団事件議定書による諸権利を含む支那における治外法権抛棄につき、英国政府及びその他の諸政府の同意を取り付くべく努力すべし。234

 ところが日本は、武力行使を平然と言ってのけていた。いくつか例を挙げてみよう。

二 帝国は外交的施策にあたり右目的の貫徹を期するを本則とす。
特に速やかに、仏印、タイとの間に軍事的結合関係を設定す。
三 前号施策遂行にあたり、下記事態発生し、これが打開の方策なきにおいては、帝国は自存自衛のため、武力を行使す(対南方施策要綱1941.6.6大本営陸海軍部決定225

一 仏印との軍事的結合関係設定により帝国の把握すべき要件、左の如し
(イ)仏印特定地域における航空基地及び港湾施設の設定又は使用、並びに南部仏印における所要軍隊の駐屯
(ロ)帝国軍隊の駐屯に関する便宜供与
三 仏国政府又は仏印当局者にして、我が要求に応ぜざる場合には、武力をもって、我が目的を貫徹す。(南方施策促進に関する件1941.6.25連絡会議決定226

二 帝国は本号目的達成のため、対英米戦を辞せず。(情勢の推移に伴う帝国国策要綱1941.7.2御前会議決定227

 このように武力で問題を解決しようとする日本のスタンスからすると、日本の言う「交渉」とはまさに強要であり、また、対米戦開始直前では、戦争開始の口実としての「交渉」であった。

統帥部首脳は、中国駐兵問題を加えた以上「乙案」による妥協は不可能という読みがあった上で、南部仏印からの撤兵を省かないことで譲歩した。(1941.11.5御前会議決定帝国国策遂行要領備考一190, 230, 232

そして、「平和」を語る日本の言うところの「支那問題の解決」とは、蒋介石との和平を意味するものではなく、重慶政権=蒋介石政権の打倒を意味していた。つまり、

第二 要領
一 蔣政権屈服促進の為に、南方諸域より圧力を強化す。(情勢の推移に伴う帝国国策要綱1941.7.2御前会議決定226

またそのことは日本による東アジアの利権の獲得とセットで述べられていた。つまり、「大東亜共栄圏の建設」とか「自存自衛」である。いくつか例を挙げると、

一、帝国は自存自衛を全うするため、対米(英、蘭)戦争を辞せざる決意のもとに、おおむね十月下旬を目途として戦争準備を完整す。(帝国国策遂行要領1941.9.6御前会議決定228

第一 対米(英)交渉において帝国の達成すべき最小限度の要求事項
一、米英は帝国の支那事変処理に容喙し、又はこれを妨害せざること。
(イ)帝国の日支基本条約(汪兆銘政府との条約1940)及び日満支三国共同宣言1940.11に準拠し、事変を解決せんとする企画を妨害せざること。(帝国国策遂行要領別紙1941.9.6御前会議決定228

 そして日本は国内体制も固めていた。おそらく以下の記述は、国家総動員法(1938, 1939, 1941, 1944)とも関わっているのだろう。

五 帝国国内戦時体制の刷新は、昭和十五年1940七月決定「基本国策要綱」に遵い、速やかに実施するものとす。(対南方施策要綱1941.6.6大本営陸海軍部決定225

 筆者は武藤章にはなぜかシンパシーを感じているようだ。031それは、武藤が対米戦争を避けようとしていたのに、絞首刑になったのに対して、対米戦争積極論の人たちは不問に付されたことに対する抗議なのかもしれない。筆者曰く、

起訴状の内容と被告の人選に関して、さもありなんと納得するものは少なかったようである。ことに、軍務局系統の武藤や佐藤が含まれ、作戦系統の田中新一や服部卓四郎が除外されているのはなぜか、これが共通する疑問だった。210

一方で筆者は、服部卓四郎が戦後、G2によって戦史編纂や、その後、日本における対共産軍の創設を任され、厚遇されたことに対し批判しているようだ。210, 211

201839()

基本国策要綱
基本国策要綱(きほんこくさくようこう)は、昭和15年(1940年)726日に第2次近衛内閣によって閣議決定された政策方針。これにより大東亜共栄圏の建設が政策となる。
昭和15726日 閣議決定
世界は今や歴史的一大転機に際会し数個の国家群の生成発展を基調とする新なる政治経済文化の創成を見んとし、皇国亦有史以来の大試錬に直面す、この秋に当り真に肇国の大精神に基く皇国の国是を完遂せんとせば右世界史的発展の必然的動向を把握して庶政百般に亘り速に根本的刷新を加へ万難を排して国防国家体制の完成に邁進することを以て刻下喫緊の要務とす、依って基本国策の大綱を策定すること左の如し
基本国策要綱
一、根本方針
皇国の国是は八紘を一宇とする肇国の大精神に基き世界平和の確立を招来することを以て根本とし先づ皇国を核心とし日満支の強固なる結合を根幹とする大東亜の新秩序を建設するに在り之が為皇国自ら速に新事態に即応する不抜の国家態勢を確立し国家の総力を挙げて右国是の具現に邁進す
二、国防及外交
皇国内外の新情勢に鑑み国家総力発揮の国防国家体制を基底とし国是遂行に遺憾なき軍備を充実す皇国現下の外交は大東亜の新秩序建設を根幹とし先づ其の重心を支那事変の完遂に置き国際的大変局を達観し建設的にして且つ弾力性に富む施策を講じ以て皇国国運の進展を期す
三、国内態勢の刷新
我国内政の急務は国体の本義に基き諸政を一新し国防国家体制の基礎を確立するに在り之が為左記諸件の実現を期す
1. 国体の本義に透徹する教学の刷新と相侯ち自我功利の思想を排し国家奉仕の観念を第一義とする国民道徳を確立す尚科学的精神の振興を期す
2. 強力なる新政治体制を確立し国政の総合的統一を図る
1. 官民協力一致各々其の職域に応じ国家に奉公することを基調とする新国民組織の確立
2. 新政治体制に即応し得べき議会制度の改革
3. 行政の運用に根本的刷新を加へ其の統一と敏活とを目標とする官場新態勢の確立
3. 皇国を中心とする日満支三国経済の自主的建設を基調とし国防経済の根基を確立す
1. 日満支を一環とし大東亜を包容する皇国の自給自足経済政策の確立
2. 官民協力による計画経済の遂行特に主要物資の生産、配給、消費を貫く一元的統制機構の整備
3. 総合経済力の発展を目標とする財政計画の確立並に金融統制の強化
4. 世界新情勢に対応する貿易政策の刷新
5. 国民生活必需物資特に主要食糧の自給方策の確立
6. 重要産業特に重化学工業及機械工業の画期的発展
7. 科学に画期的振興並に生産の合理化
8. 内外の新情勢に対応する交通運輸施設の整備拡充
9. 日満支を通ずる総合国力の発展を目標とする国土開発計画の確立
4. 国是遂行の原動力たる国民の資質、体力の向上並に人口増加に関する恒久的方策特に農業及農家の安定発展に関する根本方策を樹立す
5. 国策の遂行に伴う国民犠牲の不均衡の是正を断行し厚生的諸施策の徹底を期すると共に国民生活を刷新し真に忍苦十年時難克服に適応する質実剛健なる国民生活の水準を確保す

Wikipedia基本国策要綱 最終更新 201589() 04:11 


政策決定の過程
戦争指導班・作戦課が起案→陸軍省・参謀本部合同の局部長会議や軍務局との調整→海軍や外務省との折衝(陸海外合同局部長会議)→連絡会議→(統帥事項を除いた部分は閣議→)天皇允裁(いんさい)030



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