米中対立と日本の前途 丸山重威 ジャーナリスト 元気21 7/31(土) 13:30—15:30
2021 平和のための戦争写真展 7/30(金)11:00--8/1(日)16:00 7/30以外は9:00開始8/1以外は19:00終了
辛口感想 2021年8月1日(日)
丸山重威氏の講演を聴き、丸山氏も含め共産党支持者の中には、共産党なら全てが正しいという先験的な信仰のようなものに付きまとわれている人が少なからずいるのではないかと感じた。
中国革命は貧農を救済した。確かにその通りだ。しかし、その考えは70年も経過した今でも通用しない。世の中は日に日に変化している。変化しない物差し(理論)でいつまでも計ることは停滞を意味する。日本共産党の支持者、中国共産党の為政者は、自らのイデオロギーを不断に変えていく努力が必要なのではないか。今までのイデオロギーに依存するよりも、現実に対応することを考えることの方が新たなより良いイデオロギーを生成することにならないか。
丸山氏の講演も自らの頭で考え抜くという思考の創造性がなくつまらなかった。情報としては有意義だったが。
司会 小田
講師 丸山重威 調布市に住んでいる。(赤旗)日曜版に投稿している。
戦争は偶発的に起こる場合がある。
1981年に訪中したとき、ソ連製と中国製とが混在していた。1971年、国連で中共が代表権を持ち、台湾が脱退した。1972年、米中共同声明。米が中共を承認。当初中共軍の装備は台湾のそれに比べて貧弱だった。米は「台湾関係法」で台湾を援助した。
菅義偉は対中国で日米同盟(共同戦線)を約束した。韓国はクワッド(日米豪印)加入を断った。英西戦争からアヘン戦争までイギリスが世界を支配し、その後アメリカに世界支配権が移行した。
今のコロナのように結核が第二次大戦中に猛威を振るった。
現在アフリカ諸国の全てがどこかの国に「抑えられて」いる。資本主義は格差を作ることによって市場を開拓している。壊れたら作るというやり方を利用している。
今の日本の自民党政治は弥縫策に堕してしまった。安倍晋三政権下では軍事化と新自由主義が進んだ。かつては保健婦が多くの座敷牢の患者を救った。
20世紀は戦争の世紀だと思われているが、そうでもない。1928年不戦条約。不戦条約で「国の利益のための戦争」を止めた。日本は不戦条約の「人民の名において」の文言にこだわり、当初加盟をしなかったが、結局不戦条約に加盟した。
1931年以前は「軍部は横暴だ」とマスコミに言われていたが、その後の世論は中国批判に転じた。加藤陽子は「日本が国際連盟を脱退していなかったら、あんな戦争には突き進まなかっただろう」と述べている。
マッカーサー回顧録にも幣原の反戦思想が述べられている。幣原は戦争を止めるにはどうしたらよいかを考えた。資料の平野三郎は共同通信の記者であった。
日本は中国と不可侵条約を結べ。日本は中国の民主化についてアドバイスせよ。
先般の東京都議選で立憲と共産は、共闘できた選挙区もあったが、できない選挙区もあった。その原因は反共と原発と連合の問題であった。
枝野幸男が「五輪が始まったからにはもう反対しない」と言ったが、それは闘争の収束を意味していて、無意味である。
天皇には言論の自由があると考える。
米中戦争を避けるためには、米も野望を捨てよ。日本に新たな防衛力の取り組みをさせてはいけない。日本は中国なしにはやっていけない。例:食料
吉田松陰の好戦性
「琉球を諭し、…朝鮮を責めて質を納れ貢を奉る…。北は満洲の地を割き、南は台湾・呂宋(ルソン)の諸島を収め、慚に進取の勢いを示すべし。然る後に民を愛し士を養ひ、謹みて辺圉を守らば、則ち善く国を保つと謂うべし」(『幽囚録』)
展示品
昭和2年の小学校修身教科書はすでに日本書紀史観を教えている。「日本は歴史の古い天皇を戴く、世界でも例を見ない立派な国であるから、国のために尽くせ」と教えている。
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