2026年2月27日金曜日

内田雅敏『飲水思源 以民促官』藤田印刷エクセントブックス2023年4月

 

内田雅敏『飲水思源 以民促官』藤田印刷エクセントブックス20234

 

 

「飲水思源 以民促官」は周恩来の言葉。

「以民促官」は、民間交流によって日本政府を動かし、1972年の日中国交正常化実現に向けた1950年以来の戦略。

「飲水思源」は、水を飲むとき井戸を掘った人の苦労を思うという意味であり、歴史的恩恵を忘れないという精神が背景に込められている。日中間の過去の歴史を踏まえた感謝と友情を込めたことばである。

 

尖閣諸島を日本が領有したのは1895114日の閣議決定。日本はそれ以前の1885年以降調査をしていた。18954月の下関条約には規定がない。

「尖閣問題は当面棚上げしておこう」ということで日中が(口頭で)同意していたが、それを破り、「そんな同意をしたことがない。尖閣に領有問題など存在しない」(2010.9.26閣議決定)と、中国の領有意思を全否定したのが、何と菅直人首相だった。041

枝野幸男官房長官「尖閣諸島の1cmたりとも譲らない」012

041 20101021日、前原外相が衆院安全保障委員会で「棚上げ論は鄧小平が勝手に言っていることで、日本政府として合意しているものではない。」

2012912日、尖閣諸島を国有化。

 

 

 

日中国交正常化50年から日中平和友好条約45周年――「平和資源」としての日中間の4つの基本文書を読み解く――

 

005 毛利和子『日中漂流』岩波新書2017

 

008 LT貿易 1962年、廖承志と高碕達之介との間で結ばれた日中長期総合貿易に関する覚書」「以民促官」の具体例。

 

011 国共内戦不介入を唱えていたトルーマンは、朝鮮戦争を契機に政策を転換し、台湾海峡に第七艦隊を派遣し、中国による台湾進攻を牽制した。そのため、中国は台湾を領有(解放)できなかった。

 

013 1879年、中国が日本による琉球藩廃止・沖縄県設置に反対したとき、前米大統領のグラントが仲裁に入り、日本は尖閣を含む先島諸島(八重山群島、宮古群島など)以西を琉球本島から切り離して、それを中国領土にしてもいいと中国側に提案し、仮調印した。

しかし、それは、清に亡命した琉球人の反対運動や、清がロシアとのイリ問題を優先したため、調印・批准はされなかった。

 

015, 018 「中国が6年以内に台湾を武力介入する」というデイビッドソン米インド太平洋軍司令官の発言2021.3.9の真相は、実際の武力介入ではなく、武力介入することのできる能力を持つだろう、というものであった。(兼原信克・元内閣官房副長官補『君たち、中国に勝てるのか』産経新聞社出版2023

016 2016年、安倍晋三首相が、外務・防衛・自衛隊などの幹部に「君たち、中国に勝てるだろうな」と開口一番に述べた。(2023.1.3毎日新聞)

017 経団連は武器輸出を国家戦略とするように提言している。

200010月以降、リチャード・アーミテージ元国務副長官は、日本の改憲や集団的自衛権行使容認を求め続けた。

023 日本の自民党と台湾の民進党とが、日台与党間の外交・国防2プラス2を実施する方向で一致した。((2022年)1229日、毎日新聞)

 

 

 

日中国交正常化50年史 「一つの中国」論、反覇権条項、尖閣諸島問題

 

027 19599月、前首相石橋湛山が訪中し、周恩来と共同コミュニケを発表した。これは日中共同声明の原型となった。

 

028 1972227日、ニクソン・周恩来の上海コミュニケ

 

中国側「米国の全ての軍隊及び軍事施設は台湾から撤退ないし撤去されなければならないという立場を再確認した。」

米国側「当面、米国政府は、この地域の緊張が緩和するにしたがい、台湾の米国軍隊と軍事施設を漸進的に減少させるであろう。」他人事みたい。

 

 

032 197810月、(靖国神社が)靖国神社にA級戦犯を合祀した。これが公になったのは翌19794月の例大祭の時であった。

 

033 尖閣問題棚上げ論の暗黙の確認 1972年の日中共同声明当時、外務省条約課長として声明案作成作業に従事した栗山尚一は「尖閣問題は棚上げするとの暗黙の了解が首脳レベルで成立したと理解している。(中国側が棚上げを主張し、日本側は敢えてこれに反対しなかった)」

 

 

037 2005917日、日朝平壌宣言で、植民地支配に対して謝罪した。

 

 

尖閣諸島を日本が領有したのは1895114日の閣議決定。日本はそれ以前の1885年以降調査をしていた。18954月の下関条約には規定がない。

 

041 「尖閣問題は当面棚上げしておこう」ということで日中が(口頭で)同意していたが、それを破り、「そんな同意をしたことがない。尖閣に領有問題など存在しない」(2010.9.26閣議決定)と、中国の領有意思を全否定したのが、何と菅直人首相だった。

012 枝野幸男官房長官「尖閣諸島の1cmたりとも譲らない」

041 20101021日、前原外相が衆院安全保障委員会で「棚上げ論は鄧小平が勝手に言っていることで、日本政府として合意しているものではない。」

2012912日、尖閣諸島を国有化。

 

 

 

日中共同声明第五項(戦争賠償請求の放棄)と二分論(民衆と軍国主義的為政者とを分離して論じる)

 

045 1952428日の日華平和条約で、蒋介石がいやいやながら対日戦争賠償を放棄したのは、同日発行したサンフランシスコ条約で連合国が対日戦争賠償請求を放棄していたためである。

 

046 毛沢東と周恩来は、日本に対する賠償請求放棄を、幹部も国民も全く知らないうちに決定した。

 

046 靖国神社は日中・太平洋戦争を「アジア解放の聖戦だ」とみなしている。

 

065 2007427日、最高裁は、西松建設中国人強制労働事件で、中国による対日賠償の放棄(1972年の日中共同声明の第5項)を利用して、賠償請求権の法的根拠はないと断じている。

 

 

 

雨中嵐山の周恩来――王敏教授「周恩来の対日「民間外交」の原点を探る」に触発されて(「月刊社会民主」20209月号)

 

051 19241228日、孫文は神戸高等女学院で「日本は西洋覇道の番犬となるか、それとも東洋王道の干城(軍人、楯と城)となるか」という演説を行った。

 

052 韓国側の調査によれば、三・一独立運動での死者数は7500人、逮捕者は46000人に上った。

 

 

 

花岡事件和解から20年――法的責任の有無論争を止揚し、歴史的責任へ(「月刊社会民主」202012月号)

 

060 199075日、日本企業(鹿島建設)が、戦時中の花岡(事件)での中国人強制労働に関して、中国人被害者・遺族との共同発表の中で、初めて謝罪したが、その後の両者の交渉は進展せず、被害者・遺族は1995628日に提訴した。

 

一審東京地裁は除斥期間を理由に、被害者・遺族の請求を退けたが、東京高裁では20001129日、1年余の難航した交渉(和解勧告1999.9.10、和解勧告書2000.4.21)の末、和解が成立した。しかし、鹿島はその法的責任を認めなかった。

 

063 東京新聞は「政府は国の責任という残された問題の解決を急ぐべきだ」と、国の責任が果たされていないことを指摘した。

 

064 鹿島は和解成立直後に「責任を認めたわけではない」とHPで発表したが、後に削除した。

 

和解の第一項は「中国側はその(鹿島の法的責任はないという)主張を了解した」とするが、了承したわけではなかった。

 

 

064 2007427日の西松建設中国人強制労働事件最高裁判決は、「日中共同声明第5条によって裁判上訴求する機能を失った」と、西松の法的責任は否定したが、(請求する)権利そのものが消滅したわけではないとし、付言の中で、「なお西松は自発的に(被害者らに)対応してもいい。上告人(西松)と関係者(日本国)による被害救済努力が期待される」とした。

 

 

066 西松建設広島安野発電所和解

 

20091023日、和解が成立した。(当事者の協議後、裁判所が和解調書を作成する)「即決和解」の形式を用い、確認書を作成した。「中国人360名が死亡したのは、「華人労務者内地移入に関する件」という閣議決定に基づく歴史的事実であり、「相手方」(中国人側)は、最高裁が西松の法的責任を否定したのは事実だが、その見解を受け入れてはいない。」

 

西松建設は和解金を支払い、受難の碑を建立して歴史的責任を記した碑文を刻み、受難者・遺族を招待する追悼事業を継続した。これを「歴史的責任」という。

 

 

068 三菱マテリアル和解

 

201661日、北京で、三菱マテリアル社は、中国人強制連行・強制労働事件で謝罪し、和解が成立した。

生存被害者らは「日本政府と多くの加害企業が依然として歴史的事実を無視し、謝罪を拒む中で、三菱マテリアルは歴史的事実を認めて公開謝罪する姿勢を積極的に評価する」と述べた。

三菱マテリアルは「722人がなくなり、終局的な解決がなされていない。当社に関する5つの訴訟が提起され、いずれも元労働者の請求は棄却され、確定した。」

 

070 20233月現在、3765人の受難者のうち1330人に対して合計25億円の和解金が支給された。この5月に遺族を招待した追悼式が行われる予定である。

 

 

感想

 

最高裁判決は、戦時中の中国人に対する強制連行・労働について「法的に救済できない」=「訴求する機能を失った」065というが、それは相手の善意の上に乗っかっていて、ずるいと思う。

 

日本に対して戦争賠償を求めないと、蒋介石も毛沢東も言っていたが、蒋介石はいやいやだったらしいが、毛沢東は早くからそう言っていた。中帰連の戦争犯罪者に対する判決の過程からもそのことが推測できる。

 

 

071 これまで積み重ねられてきた基本文書

 

1972929日北京、日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明 田中角栄総理大臣、大平正芳外務大臣、周恩来国務院総理、姫鵬飛外交部長

 

1978812日北京、日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約 園田直外務大臣、黄華外交部長

 

19981125日~30日東京、平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言 江沢民主席、小渕恵三内閣総理大臣

 

200857日(6日~10日)東京、「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明 胡錦涛主席、福田康夫内閣総理大臣 

 

2014117日、北京、一つの確認 楊潔篪国務委員、矢内正太郎国家安全保障局長

 

 

094 国連創立40周年記念総会における中曽根内閣総理大臣演説(抜粋)19851023日、ニューヨーク

096 村山内閣総理大臣談話「戦後50周年の終戦記念日にあたって」1995815

 

「杖(よ)るは信に如くは莫(な)し」「春秋左氏伝」(左丘明の著とされる歴史書「春秋」の注釈書。)

 

098 大韓民国現行憲法前文

 

099 日韓共同宣言(要旨) 21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ 1998108日、金大中大統領、小渕恵三首相

 

 

内田雅敏 1945- 弁護士

 

以上

 

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