「法令の特質に基づく督学機関の重要性」 第一早稲田高等学院長 原田実 1943
Wikiによれば、
原田実(はらだ みのる、1890年4月8日 - 1975年1月6日)は、日本の教育学者、早稲田大学名誉教授。
略歴
千葉県朝夷郡丸村に生まれる[1]。千葉県立安房中学校(現・安房高等学校)を卒業[1]。その後、早稲田大学高等師範部卒。
若山牧水と交流し、牧水が主宰する詩歌雑誌『創作』(1910年創刊)や太田水穂の『潮音』(1915年創刊)に短歌や歌論を精力的に発表。歌人として注目されたが、その後は学者の道で大成することとなった。[1]
1918年、『青鞜』(1911-1916)や『潮音』などに「斎賀琴」あるいは「斎賀琴子」名義で短歌や小説を発表していた斎賀こと(1892-1973)と結婚[2][3]。
雑誌『教育時論』編集長、1946年早大教授。図書館長を務め、1961年定年退任、名誉教授。
要旨 法令(法律と命令)は例外なく国民に強制するものだから、道徳のように人間の内面まで縛ることができず、一般的で外面的、消極的な内容にならざるを得ない。
ところが教育法令は国家の理想の高まりとともに人間の内面にまで踏み込むようになった。国民学校令033がその一例である。しかしそのことは例外なく強制するという法令の特質と矛盾し、教育法規の行使如何が判明しがたくなった。人間の弱点や行使の判明しがたさの点から、その行使が緩みがちである。この問題を解決するために、現存する中央官庁の督学官や地方庁の視学官・視学などを超えて、文部大臣をも督励でき、法令を超えて働ける督学機関を設けよ。「教員」を教育者にしなければならない。
感想 「法令は国家が国民に強制するものである」というが、それは国家を縛る立憲の考えの真逆である。
感想 時の政権に迎合するお調子者。法令を国家が国民を縛るためのものと堂々と言い、その法令さえも無視して超法規的な督学官を置けなどと、人間としての節操がない。当時の大卒の学者は庶民からかけ離れたお偉いさんだったのだろう。そして自らもそれ(差別)を自認し、なんら疑問を抱かず恥じらいもなかったのだろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿