中学英語科全廃論 藤村作(つくる) 1938年、昭和13年2月号 「文芸春秋」にみる昭和史 第一巻1988 感想・要旨
藤村作 1878.5.6-1953.12.1 東大名誉教授、国文学者。本論文は藤村が62歳の時の作。著書『近世国文学序説1927』『本居宣長1936』『日本文学と日本精神1936』
福岡県柳川の出身。いきなり東大教授になったのではなく、東大国文学科卒業後、第七高等学校造士館教授1901や、広島高等師範学校教授1903を経て、1910年に東京帝国大学国文科助教授として着任した。1922年に教授になり、1934年、東洋大学学長を兼任し、1936年、東大を定年退官し、1937年、東洋大学長を辞め、1940年、汪兆銘政権下の北京大学などで教えた。
近世文学(井原西鶴)を研究し、戦後は『訳注西鶴全集』1947-1953を校註している。
1927年、論文「中等学校での英語科廃止の急務」を発表し、以後の対米関係を反映した英語排斥の風潮の流れを作った。また、各地中学校などの校歌に詞を提供した。(以上、ウイキペディアより)
感想
項目
・編集部注が指摘するこの時代の反英米的傾向。
・藤村に見られる差別思想、国家思想、限定的な教養観、時勢迎合性。
各論
・反英米的傾向 編集部注にあるように、この時代は英米に対する反感が高まりつつあった。その背景にあるものは、満州事変1931.9.18、満州国建国1932.3、国際連盟脱退1933.3、それらに伴う中国との関係悪化であり、その中で日本人は国際的に孤立していく。397
この背景の中で中学英語教育全廃論が出てくる。関西大学では、昭和10年、1935年から英文科閉鎖の方針を打ち出した。397
・差別思想 教育を大卒が指導し、それ以外の者はその大卒者の指導の下に、海外の知識も含めあらゆる知識を学ぶという、教育の階層性・差別性が見られる。
中学校英語教育全廃と関連して、大学進学者のための英語教育は、現在の中高一貫校に見られるような、数少ない一部の7年制中高一貫校で代替する。
これは非民主的な考え方であり、普通選挙権、女性参政権とも関係する。
「大学教育の要は、各専門とする学問の蘊奥(うんおう)とその応用とを究め、国家思想を涵養して、指導的国民を養成することにある。」401
「大学生に外国語を習得させる方法には二つある。一つは、高等学校から第二外国語のように初歩から学ばせるやり方。もう一つは、特別な中学を指定して、現在の通りか、さらに多くの時数を配当するやり方である。401
・国家思想 本論文のあちこちで「国家」が出てくる。教育の目的は、国家が必要とする人材を養成することである。国民は国家のためにある。「国家が必要とする教育刷新397」「国家文運の発展を阻害する…398」
404 「今日の『思想国難』の原因である『外国思想輸入超過』の原因は、学校教育であまりに多く外国語を尊重してきた教育の弊害である。」
「ただ外国語を理解するために、外国の典籍を読み、珍しさの興味から、知らず識らず、当人がその思想の良否に関せず感化される。これは『我が国民思想』、国民生活に悪影響を及ぼす。思想上の遊戯興味からこれを翻訳したり、職業の利益からこれを翻訳したりするものが少なくない。これは国家の禍である。」
「外国の思想・学問の輸入の途は、大学教育を受けた社会の指導的地位に立つ学者を通すようにすることが、最も『穏健』の途である。何も猫も杓子も、全ての国民が外国語、外国書から直接に輸入する必要はない。翻訳局設置の必要もないほど、多くの大卒の学者が翻訳をしている。
「中学校英語科の存廃は、国民の自覚、『日本精神』の登場、『日本文化』の創造と関係を持つ。
・限定的な教養観 教養を限定的に捉えている。英語を読んで得られる教養とは、イギリス人の国民性、国民精神だとし、それは日本人の「精神内容」を豊富にし、「高尚」にするという。それだけなのだろうか。400
・時勢迎合性 「自分は時節に迎合するからこう言っているのではない」と言いつつ、実質的には時節に迎合する意見を述べる。これは今も昔も、ひ弱で小利口な人間がいつも使う手段である。
398 「時代の進展と共に、余はますます(中学英語全廃論の)所信を固くする。余は決して時勢の尻馬に乗ろうとするものではなく、国家発展のためにこれをあえてする。」
・その他 藤村が1927年に中学英語科全廃論を唱えたとき、「反対され、脅迫も受けた」というから、1927年当時はまだ、国際協調的な考え方の人も多かったようだ。398
中学生全員が英語を学ぶのは、中学生にとって犠牲だ。399
明治の半ば頃まではどんな学科も英語で教授されたが、今はその必要がなくなった。399
専門学校では英語は不必要だ。399
翻訳して教えたほうが国民教育の上では「順当」だ。401
高等学校も国民普通教育とすべきなのだが、実質的に大学予科となっている。401
中学卒業で英語が役に立つほど上達する者は少ない。
英語を選択教科にすると、大学にも行かないのに、「名誉心」から「見栄」を張って英語を学ぶ者が出てきたり、英語学習に熱意を欠く者が出てきたりして、よろしくない。402
中学英語を全廃して、もっと「国民教育」に必要な時間に使用したり、修業年限を短縮したりしたほうが、国家のために有利である。402
実用英語は外国語学校で対応できる。403
以上 2020年11月9日(月)
0 件のコメント:
コメントを投稿